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盛岡家庭裁判所 昭和53年(少)827号 決定 1978年8月09日

少年 T・S(昭三七・一一・一五生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してあるバンド付登山ナイフケース一個(昭和五三年押第五七号の一)のうち登山ナイフケースおよび登山ナイフ一丁(同押号の九)はこれを没取する。

理由

(非行事実)

少年は、

1  北上市○○町×丁目×番×号所在の岩手県立○○○工業高等学校工業化学科一年に在学中であるが、昭和五三年七月四日午前一一時五五分ころ、同校廊下において同校工業化学科二年生のA(一七年)らから同校工業化学科二年A組の教室に呼び出され、同校二年生の生徒多数に取り囲まれたうえ、上記Aから、正座させられ、後記4記載のとおり同人を殴打したことに因縁をつけられ、腹部などを数回足蹴りする暴行を加えられたことに憤激し、とつさに、殺意をもつて、同日午后零時一〇分ころ、同所において、所携の登山ナイフ(刃体の長さ一四センチメートル)を右手に持つて、上記Aの胸部を突き刺し、よつて、前胸部刺創(心臓刺創)による出血により、同人を死亡させた

2  業務その他正当な理由なく、前同日午后零時一〇分ころ、前同所において、刃体の長さ一四センチメートルの登山ナイフ一丁を提携した

3  昭和五三年六月二七日午前八時ころから午前八時二四分ころまでの間、花巻市○○○町○○本線○○○駅から北上市○○○×丁目×番×号、同線○○駅にいたる進行中の列車内で、○○大学付属○○高等学校生徒らと列車乗降のことで口論し、同日午前八時二四分ころ○○駅に下車し、同校生徒数人に囲まれながら改札口に向う途中、同生徒らから足を蹴られたことに立腹し、同駅改札口付近において、同校生徒B(一五年)の顔面を手拳で三回位殴打した

4  同年六月二九日午后四時三〇分ころ、前記○○駅二番ホームにおいて、前記Aから上記3の暴行をたしなめられた際、同人から応対の態度が悪いと難詰されたことなどに立腹し、同人の顔面を手拳で三回位殴打した

5  同年四月六日ころの正午ころ、前記○○○工業高等学校工業化学科一年B組教室において、同B組生徒C(一五年)携帯の弁当入バックに同人の妹の名前が書かれているのをからかつたことから、同人から襟をつかまれたことに立腹し、同人の顔面を手拳で三回位殴打した

ものである。

(適用法令)

1  の事実につき刑法一九九条、少年法二四条の二第一項二号、二項本文

2  の事実につき銃砲刀剣類所持等取締法二二条、三二条二号

3  ないし5の事実につき刑法二〇八条

(処遇理由)

本件殺人行為は、昭和五三年六月二七日、少年が、列車通学の途次に列車乗降のことで他高校生に注意したことから、他高校生数人といざこざを起し、少年も蹴られたりしたことから非行事実2のように相手高校生のうち一人を殴つたが、仕返えしをおそれ、翌日仮病をつかつて学校を休み、翌日は、仕返しがあつた際ナイフを持つていれば相手は何もしないだろうと考え、夏休み友達とキャンプに行く予定で購入してあつた登山ナイフを鞄に入れて登校し、その日の帰宅途次、前記少年といざこざのあつた他高校生から頼まれた(少年に注意することか、仕返えしをすることかは、はつきりしない)Aに呼びとめられた際、同人から応対の態度が悪いと難詰されたことなどから非行事実3の行為に及んだものであり(これについて、少年は、Aを他高校生であると思つており、Aから殴られたので殴り返えしたと供述するが、Aの同伴者らは、Aは、少年の帽子を手か自分の鞄かでずり上げることはしたが、殴つていないと供述している)、翌日少年は他高校生からの仕返えしをおそれて学校を休み、その翌日はやはり登山ナイフを鞄に入れて登校し、二年生から、Aを殴つたことにつき、顔を一回殴られたが、そのときはまだ殴られる意味は判らないでいたところ、そのあとAを含む二年生らから詰間され、はじめてAが上級生であることが判つたが、庇つてくれる上級生がいたので、その場は済み、少年はAのことはそれで済んだと思い、翌日は日曜日、その翌日少年はなお他高校生からの仕返えしをおそれたことと腹をこわしたことから学校を休み、翌七月四日、登山ナイフを鞄に入れて登校し、三時間目の授業中登山ナイフをベルトにさした(少年は、鞄に入れておくと、鞄がふくれて恰好が悪かつたからと供述する)が、上記授業終了後二年生に呼ばれて二年生の教室に連れて行かれ、正座させられ、その周囲を二年生二〇人位が取囲み、廊下にも一〇数人の生徒が見ている中で、Aから数回顔面や腹部を足蹴りされたことに激昂し、立上りながら、ベルトにさしていた登山ナイフを取出し、体当りするような恰好で、Aの胸を刺したものである。

少年が上記の行為に出るにいたつた直接の動機は、多数の上級生に囲まれて、正座させられ、なお多くの生徒からさらしもの視された状況下において、足蹴りされ、逃げ途のないことや屈辱感や反撥心などから感情が爆発し、偶々所持していた登山ナイフを取出し刺したものであり、突発的、衝動的行為といえる。

しかし、その誘因として少年の個人的要因や、背景として社会的事情が考えられ、鑑別所の鑑別結果通知書および家庭裁判所調査官作成の少年調査票ならびに調査報告書によると、つぎのようなことが言える。

少年は、祖父の製材業の手伝をしていた父と料理店の住込の女中をしていた母との間に生れ、生後一か月位から祖母に養育され、小学校四年生のとき父母が離婚し、以来母は音信はなく、父は小学校六年生のとき病死し、以来祖父母に養育されている。祖父はもと製材業を手広く営んでいたが、少年の出生前には事業に失敗し、多額の負債を抱え、返済に追われながら生活してきたが、少年が中学校入学後から生活保護を受けている。そして、少年は昭和五三年四月岩手県立○○○工業高等学校工業化学科に入学した。家族は祖父母と少年の三人で、祖父母の少年に対する愛情が深いことはもとよりとして、唯一の肉親として、期待感とともに生甲斐的存在ともなつている。

少年の資質面については、知能は、IQ一一六で、能力には問題はなく、性行は、思春期にあつて、自我の拡大に伴う自己拡大欲求や自己顕示欲求、価値否定感情に基づく反抗的、攻撃的心情傾向が存在し、生活歴からきた甘え、我儘な面があるが、偏奇という程のことはなく、一方、祖父から受けついたとみられる古風ともいえる道徳感情や自尊心(祖父は少年に自己の家柄、前歴などを語り、処世上の教えとして、正直であれ、我慢せよ、良い友を持てなど言いきかせていたという)を持ち、担任教師も服装、態度など基本的な生活上のしつけは良くできていると評価しているように、日常生活において自他の役割を心得て行動する社会性や、日常生活の中で生ずる葛藤に対する耐性も一応持つているが、内面的には、思春期にみられる情緒の不安定、傷つきやすい自我が存在し、防衛的構えに基づく否定的感情や緊張感が働き、不安定な状況にある。ただ、少年にあつては、発達の過程において、児童期に母親の愛情に触れる体験に恵まれなかつたことから、情緒的な自我関与を体得することがなかつた(祖父母に、親子間の感情交流という精神的な機能面にまで親の役割を期待することは無理である)ため、情緒の発達にやや障害があり、このことが、日常の人間関係において、一応適応はしていても、感情交流の稀薄な関係にとどまらしめている(友人関係は割合広いが、親友と言われる者はいなかつたことにもあらわれている)。そして、少年の場合、自我が脅やかされると、極度の不安感や緊張感が生じ、興ふんして視野が狭小化し、現実に適した行動がとり憎くなる傾向があり、また、我儘な面があるため、周囲の制約が少ない場合は、顕示的態度や気儘な行動に出勝ちな面がある。

本件殺人の前提となつた列車通学の際の他高校生および介入してきた被害者に対する対応の仕方にも、相手方から触発された面、防衛機制に基づく攻撃機制が働いた面があるとしても、話し合をするとか我慢するとかの態度をとることなく、たやすく攻撃的態度に出たことには、上述した少年の性行上の問題点に基づくものがあるといえるし、また、祖父母や教師や友人に相談することなく、自分だけで考えて、必要以上に仕返えしをおそれて、登山ナイフを用意したことにも、同じことがいえる。

本件殺人の行為は、少年が対立的場面に適切な対応ができなかつたことから生じた不安感、緊張感が存在している状況下において、他高校生との対立関係から転換した上級生との対立関係による圧力が誘因となつて引起されたものであり、行為発生の要因は、既に、少年が主導的に関与することによつて、形成されていたといえる。

さらに、本件の背景として、相当数の高校においても行われていると推察されるのであるが、少年の在学する高校においても、上級生が下級生を統制するため、いわゆる気合を入れる(少年の在学する高校においてはハッタリをかけると言われる)ことがしばしば行われており、また、列車通学の高校生間において、往往にして他校の生徒と対立関係を生ずることがあることが言われているが、心身の発達の伴わない社会的訓練の未熟な高校生にあつては、程度を逸脱し勝ちであるが、少年の在学する学校を含めて社会一般に必ずしも適切な指導、監督がなされていない憾みがあり、ある意味では避けて通つていたとみられる点があり、これらの事情も、本件行為発生の背景になつているといえる。

そこで、少年の処遇についてかんがえると、本件殺人の行為は、上述した背景のもとに突発的、衝動的になされたという面からいうと、敢えて施設内処遇による矯正を必要としないとの見方も出ないではないが、何といつても前途ある一人の少年の生命が失われた事案であり、社会内処遇によつて責任を果たさせるには事は重大に過ぎるものがあり、また、少年は未だ精神的に未熟であり、社会的体験も乏しいことから、主体的に本当の意味の責任を自覚することは難しいとみられるのであつて、真に一人の少年の生命を失わせた責任を自覚させ、それとともに、人間的生長と自我の安定をはかることが必要であり(現実的にも、少年が社会的責任を果たさないことには、学校、職場など社会において心から受け入れることはしないであろうと思われる)、また、本件の発生には少年の資質が要因となつているのであり、そのためにも、安定した人間関係の在り方、健全な場面適応の仕方を身につけさせるため、情操面等の教育を施すことが少年の健全な成長のために必要であり、なお高校教育課程を継続させるためにも、長期にわたる、厳正にして、しかも愛情を伴う個別的集団的、教育的処遇が必要と思料されるので、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項後段を適用して、少年を中等少年院に送致することとし、高校教育課程の履修のできる喜連川少年院において処遇することを勧告する。

(裁判官 濱野邦)

〔参考〕 抗告審決定(仙台高昭五三(く)二八号昭五三・八・三〇第一部決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は少年が提出した抗告申立書記載のとおりであり、原決定が不服である理由をるる述べるが、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分が著しく不当であると主張するほか、少年に暴行罪が成立するのは疑問である、少年にはAに対する殺意はなかつた旨、原決定の重大な事実誤認を主張するものと解せられる。

一 事実誤認の主張について

原決定が認定した少年の暴行の非行事実は、(一)昭和五三年六月二七日朝○○本線○○駅改札口付近において、○○大学付属○○高等学校生徒らから足を蹴られたことに立腹し、同校生徒Bの顔面を手拳で三回位殴打したという事実、(二)同月二九日夕方○○駅二番ホームにおいて、岩手県立○○○工業高等学校二年生Aから応待の態度が悪いと難詰されたことなどに立腹し、同人の顔面を手拳で三回位殴打したという事実、並びに(三)同年四月六日ころの正午ころ、同高等学校工業化学科一年B組の教室において、同組生徒Cから襟をつかまれたことに立腹し、同人の顔面を手拳で三回位殴打したという事実であるところ、少年が右各暴行に及んだことは少年保護事件記録により十分認めることができ、少年に暴行罪が成立するのは明らかである。その際たとえ相手の方が先に暴行を仕掛けてきたとしても、少年に暴行罪が成立しないということはできない。相手の方に少年に対する暴行罪が成立すると同様に少年の方にも暴行罪が成立するのである。

次に原決定が認定した少年の殺人の非行事実につき考えるに、少年保護事件記録によれば、本件の経過は次のとおりであつたことが認められる。すなわち、少年は昭和五三年七月四日正午ころ、上級生である前記○○○工業高校二年生Aらから同校工業化学科二年A組の教室に呼び出され、同校二年生の生徒多数に取り囲まれたうえ、右Aから正座させられ、少年が同年六月二九日同人を殴打したこと(前記(二))に因縁をつけられ、同人から数回顔面や腹部を足蹴りにされた。少年はしばらくは我慢して抵抗しないでいたものの、なかなか右Aの乱暴がやまないので憤激の情がつのつてきて、遂には立ち上りながら、たまたまベルトにさして携帯していた刃体の長さ一四センチメートルの登山ナイフを取り出して右手に持ち、右Aに向け構えた。これを見た同人は咄嗟に二、三歩逃げ出したが、少年はなおも追いすがりざま振り向いた同人の前胸部を右登山ナイフで体当りするような格好で思いきり突き刺したため、同人の前胸部に深さ約一一センチメートルの心臓を貫通する刺創を与え、間もなく同人をその場で死亡させたものである。

そして以上のような本件犯行までのいきさつ、少年が多数の上級生に取り囲まれ右Aから暴行を受けたことにより屈辱感などからかなり憤激したと認められること、鋭利な刃物で同人の胸部を深さ約一一センチメートルも突き刺したことなどのいろいろの客観的事実を総合すると、少年が右Aを突き刺したときにおいては、同人をはつきりと殺してしまおうとするまでの意思(確定的殺意)があつたとは認められないとしても、同人が死亡するかもしれないがそれでも構わないという意思、すなわち未必の殺意があつたものと認めるのが相当であり、少年については殺人罪が成立するものといわなければならない。少年は、本件は魔がさした事故であるというけれども、単なる事故でないことは右のところから明らかである。また少年は、本件は防衛のための行為であるかのようにもいうが、本件は右Aの暴行に憤激したうえでの攻撃的行為であり、防衛のための行為ということもできない。

そうすると、原決定が認定した少年の非行事実には少年が主張する事実誤認があるとは認められない。

二 処分不当の主張について

少年保護事件記録及び少年調査記録を併せ検討するに、何よりも本件殺人の非行事実がきわめて重大なものであることを見過すことはできない。たしかに少年はあらかじめAを殺害しようと計画していたわけではなく、同人より暴行を受けたことから感情が爆発し本件行為に出たのであるが、同人は素手であつたのであるから、それに対し人の生命をも奪いかねない鋭利な刃物で攻撃を加えたことはいかなる意味でも正当化されるものではない。少年がそのときたまたま登山ナイフを携帯していたことは不運であつたともいえるけれども、少年はその数日前から他高校生の仕返しに備えて登山ナイフを鞄に入れて登校し、あるいはズボンのベルトにさしていたものであつて、教師などに相談して問題を解決する方法もあつたのに自分だけの考えで危険な刃物を携帯していたことは許されるべきことではないから、これも少年の責任といわなければならない。そして、これらのことからすると、本件のような重大な事態に立ち至つたことについては、少年が適切な問題解決の能力を身につけていなかつたことと少年の短気かつ粗暴な性格によるところが大きいことは否定できない。本件の結果は、少年と同年輩の前途ある一人の生命を一瞬にして奪い去つたものであり、人間の生命の尊さ、被害者の家族の悲しみを考えるとき、少年は自己の責任が重大であることを自覚しなければならないが、少年は未だ自己本位の甘えが残つており、本当の意味の責任を自覚しているとはいい難い。

以上本件各非行事実の内容、少年が未だ精神的に未熟であることのほか、少年の家庭環境、家庭裁判所調査官の調査意見、少年鑑別所の鑑別結果などを総合すると、少年を保護観察などの在宅補導にゆだねるのは相当でなく(現実にこのままでは、地域住民や学校が少年を心から受け入れるとは考えられない。)、少年院に収容して情操面等の教育を施し少年の人間的な成長をはかり社会への適応力を身につけさせ、併せてでき得れば高校教育を継続させることが、少年が将来健全な社会人として生活するためにも妥当な措置であると考えられる。少年が自己の将来を考え努力するならば、少年院の生活は決して少年がいうようなマイナスとなるものではない。

そうすると、少年を中等少年院に送致した原決定は相当であり(ことに、少年は現在高校教育課程が履習できる喜連川少年院に収容されている。)、著しく処分が不当であるとは認められない。

三 よつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条により、主文のとおり決定する。

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